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メディカル情報最前線

2013 Winter

メディカル情報最前線
臨床医として6年間の勤務後にハーバード・ビジネススクールへ。
帰国後は日本で珍しいMD/MBAとして「治す医療から、病気にさせない医療へ」を掲げた医療改革に取り組んでおられるのが(株)ミナケア代表の山本雄士さんです。
医師でありながらなぜMBAを取得したのか。日本の医療現場が抱える問題点は何か。そして、医療に関わる人間が目指すべき方向はどこなのか…。
これからのクリニック経営戦略にも役立つお話を、お聞きしました。

PROFILE    山本 雄士 (やまもと ゆうじ)
1999年東京大学医学部を卒業。同付属病院、都立病院などで循環器内科などに従事。2007年米国ハーバード大学経営大学院修士課程修了(MBA)。これまで慶應義塾大学クリニカルリサーチセンター客員准教授、内閣官房医療イノベーション推進室企画調査官などを歴任。教育活動として山本雄士ゼミを主宰している。共著書に「僕らが元気で長く生きるのに本当はそんなにお金はかからない」(ディスカヴァートゥエンティワン)、「病院経営のしくみ」(日本医療企画)、訳書に「医療戦略の本質」(マイケル・E・ポーターその他)など。

私のキャリアパス

「医療現場はこれでいいのか?」そんな問題意識をきっかけに
医学部を卒業した後、循環器内科で臨床医として勤務していました。不整脈などの心臓疾患を専門に、救急医療にも携わったりしていましたが、現場で患者さんと関わる中で「医療はこれで良いのだろうか」と感じたのが、私のキャリアプロセスにおける転換期でした。
例えば医師の労働環境が過酷すぎる。人材が足りないから当直なども卒後2年目くらいの若い医師が待機していて「これは危険じゃないだろうか」と思っていました。仕事に対しては皆が高いモチベーションを持っているのに、日々の業務に忙殺されて目の前の患者さんに対応するのが精一杯。現場をマネジメントをする人がいないから、書類1つとっても効率が悪く、ますます忙しくなるという悪循環です。病院や医療の世界にはマネジメントという考え方が全くない…それなら自分が学んでみようと思ったのです。

ハーバードで出会ったマイケル・E・ポーター教授
教授に相談したら「マネジメントに興味があるなら、ビジネススクールへ行けば」と言われました。ボスはボスで、慣習に馴染まないというか、常に問題意識を抱える部下を心配してくれてたんですね(笑)。
ハーバードを目指したのは、医療業界から見ても名前の通った大学の方が、帰国後に説明しやすいと考えたからです。病院勤務と受験勉強の両立には苦労しましたが、本当に大変だったのは合格してから。経営の専門用語が分からない。その前に英語ができない(笑)。必死で学ぶ日々の中で、経営戦略の権威であるマイケル・E・ポーター氏に師事することが叶いました。彼がちょうど医療経営の問題に取り組んでいる頃です。
アメリカも日本も、医療を取り巻く環境は変わりません。高齢化、労働人口の減少、景気の悪化、一方で医療費が膨らんでいる…彼とのセッションを経験できたのは本当に幸運でした。

医療のミッション

医療が抱える大きな問題は競争がうまく機能していないこと
帰国後は、独立行政法人や医療系ベンチャーを経験しつつ、2011年にヘルスケアサービス支援を行う「株式会社ミナケア」を設立しました。やはり既存組織では自分のやりたいことができないと感じたからです。
医療が抱える問題は山積で多種多様ですが、最も大きなものは“競争”がうまく機能していないことです。通常の市場では、競争によって品質とコストが改善され、イノベーションが絶え間なく起こります。優位者は成功すると共に、劣った者は市場からの撤退を余儀なくされます。
しかし医療においては、患者さんのコストは上がり続け、非効率なシステムも改善されない。私が臨床医だった頃の問題が依然として残っています。これは「医療の競争がゼロ・サム」だからでしょう。コストを押し付け合い、患者さんを囲い込み、サービスの制限が行われる中で、健全な競争力は働きません。医療を転換する方法は、競争の本質を「患者さんにとっての価値向上」へシフトすることです。
医師自身が今一度医療のミッションを見直すべき
「医療の価値を向上させる競争」とは、コストあたりの健康成果を追求する真の医療価値競争です。モニタリングや予防から、治療、継続的な疾病管理にいたるまでのケア・サイクル全体を通して治療価値を判断することです。
今は、診断・治療のみに重きが置かれ、「死なせないための医療」が続いていますよね。「死にたいのに死ねない」などと患者さんが言う時点で、医療の価値観がゆらいでいるんだなと思います。また医療が病気になってから始まるもの、疾病が重症になってから病院に来ればいい…こうした常識が患者さんにとってのバリューを損なっていることは自明です。
そもそも医療は何のためにあるのか、なぜ国は医療費にここまで予算を投じなければいけないのか、医療のミッションを医師自身が見つめ直すべきではないでしょうか。
コスト削減だけでなく、患者にとっての価値にも着目する
診療実績に基づいて競争する
病態を軸とし、ケア・サイクル全体で競争する
質の高い医療は低コストである
医療提供者の診療経験、診療規模、学習が価値を高める
地元地域だけでなく地方全域、国全体で競争する
医療の価値を向上させる競争のために、診療実績に関する情報を広く提供する
医療の価値を高めるイノベーションに手厚く報いる

プライマリケア医の役割

ケア・サイクル全体で考えると潜在的な医療ニーズを掘り起こせる
ゼロ・サム競争から、医療価値向上に向けた競争へ…その方向転換を実現するには、政策や制度の改革と共に、一人ひとりの意識改革が大切です。私は医学部生向けにゼミを主催していますが、最近、学生にこんなことを言われました。「これまで予防医学とか健康診断って“ダサい”とか“もう現役を過ぎた人”のイメージがあったけれど、山本さんの講義を受けて、実はものすごく意義のある分野だと気づいた」。これは嬉しかったですね。
患者さんと日常的に接するプライマリケア医が、診療をケア・サイクル全体で考えるようになれば、医療は大きく変わるでしょう。診療プロセスを広範囲にとらえることで、経営改善につながる例もたくさんあります。なぜならケア・サイクルを管理することは潜在的な患者さんへのアプローチにもつながるからです。私の会社は保険組合などに蓄積されるデータ解析事業も行っていますが、調査するほどに感じるのが「予想以上に多くの方が病院に来ていない」ということ。高血圧や糖尿病などの国民病でさえ、きちんと管理されている人が全体の3~4割。そんな少ないシェアを奪い合っているわけですよ。
“待ちの姿勢”でいる限り競争力を強化することはできない
本当の強みにフォーカスすることで、経営改善に成功している例は、いくつもあります。例えばアメリカには、救急部門のスタッフが地域住民の人々に救急処置のやり方を教えている病院があります。これ自体は無報酬ですが、手遅れの患者数や救急車の過剰利用が激減する。加えて、教わった人々は何かあればその病院に行くわけですから、ものすごいバリューがあるんです。日本でも土日を使って健康に関する公開講座を開催するクリニックがありますが、おしなべて来院数は上がっています。ホームページを作ったり、受付をきれいにすることも必要ですが、来てくれないと始まらないサービスで閉じている時点で、まだ“待ちの姿勢”ですよね。
「病気を治す」から一歩踏み込んだマインドセットへシフトしてほしい。患者さんにとっての価値を上げることは、自らの競争力を強化することにつながるのです。
株式会社ミナケア

山本雄士さんが代表を務める(株)ミナケア。ヘルスケアを「コスト」から「投資」へ転換し、人々の健康を低負担で継続させることを事業コンセプトに置いた医療ベンチャーです。

【事業内容】
データ解析事業
保険組合などに蓄積された様々なデータを解析。効果的で効率的なヘルスケア(=データヘルス)を実現。
ヘルスケアサービス開発支援事業
ヘルスケアや医療に関連する事業会社と連携し、自社データベース及び専門職の知見を活かした新しいサービス開発を支援。

所在地:東京都港区海岸1丁目7番8号 産業貿易センター6階
TEL:03-6809-1142 URL:http://www.minacare.co.jp/

BOOKS

医療戦略の本質
マイケル・E・ポーター&エリザベス・オルムステッド・ティスバーグ著
山本雄士訳
日経BP社

ハーバードで師事したという経営戦略の権威、マイケル・E・ポーター氏の著書を山本さんご自身が翻訳。アメリカの医療が抱える問題を提起し、これからの医療ビジネスのあり方を提言する本書は、そのまま日本の現状にも重なる普遍的メッセージとなっています。医療関係者にとっては必読の書。